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チチェン・イツァー flag

2008/9/20(土) カンクン→チチェン・イツァー→カンクン

 昨日ホテルで手配した車で約3時間、世界遺産チチェン・イツァーにやってきた。チチェン・イツァーは、7世紀に隆盛を誇ったユカタン半島におけるマヤ文明の中心地(旧チチェン・イツァー)。暦によって定期的に遷都をしていたマヤ人は、一旦この都を捨てるが、10世紀になって再びこの地に戻り、トルテカと融合したマヤ・トルテカ文明が花開いたという(新チチェン・イツァー)。

球戯場

 新チチェンから散策開始。球戯場(写真)の壁には、首を切られ血が噴き出している戦士のレリーフ。何でも勝ったチームのキャプテンが生け贄になるという理不尽なルールがあったそうだ。ゲームは両側の壁に取り付けた輪にボールをくぐらせるというもの。選手の声が逃げないよう壁がわずかに傾いていて、手を叩いてみるとものすごく音が反響した。
 球戯場の隣には、ツォンパントリ(頭蓋骨の城)と呼ばれる台座があり、生け贄の骸骨をここで大衆にさらしたらしい。壁面は骸骨のレリーフで埋め尽くされており、しかも一つ一つ表情を変えて作られている。パレンケで見たマヤ遺跡とは全く異質で、中央高原の戦闘部族トルテカ人との融合の影響なのだろうが、血生臭さもここまで徹底すると1つの文化なのかもしれない。

セノーテ

 聖なる泉セノーテ(写真)へも行ってみた。「チチェン」とはマヤの言葉で「泉のほとり」を意味し、その名の通り、遺跡を少し外れたところに泉がある。地面が陥没し、地下水がそのまま現れたセノーテと呼ばれる泉が、ユカタン半島にはいくつもあるが、このセノーテはその中でも最大のもの。マヤの聖域であり、生け贄や貢ぎ物が捧げられたという。

エルカスティージョ

 ハイライトはエルカスティージョ(写真)。遺跡中心に位置し、マヤの神殿にしては珍しく4面に階段があり、形はエジプトのピラミッドに近い。91段の階段が4面、これに頂上の1段を加えると合計365段。そう、このピラミッドはマヤのカレンダーなのである。

蛇頭

 9層の基壇はマヤの農耕暦(ハアブ暦)の月数を表すと共に、春分秋分の日には階段側面に羽の形をした影を作り出し、階段先の蛇頭につなげる。トルテカの象徴、ククルカン(羽毛の蛇)が降臨するのだ。精巧な仕掛けに気が遠くなりそう。私が散策していると、マヤの末裔と思われる方々がどこからともなく現れて、蛇頭(写真)の前で祈りを捧げていた。

 戦士の神殿は、その名の通り、戦士のレリーフが刻まれた石柱に囲まれ、頂上には生け贄の心臓を捧げたチャック・モール像が横たわっている。2008年現在、残念ながらエルカスティージョも戦士の神殿も階段を登ることはできない。神殿内部にもうひとつ神殿があり、ヒスイの目をもった赤いジャガー像や壁画があるそうだ。

 ふと気づくと、結構な数のイグアナがそこらを歩いている。踏まないよう気をつけながら旧チチェンへ行くと、また全く違う空気が流れていた。天文台カラコル、そして雨の神チャックの像が所々に掘られた尼僧院。血生臭さが消え、正面に急な階段を持った神殿には、パレンケで見たマヤ遺跡に通じるものを感じた。

 遺跡出口でトラブル発生。妻が結婚指輪を失くしてしまったのだ。遺跡に入る時に既になく、車の中に置いてきたと思っていたものが、ない。運転手さんと一緒に車の中を引っくり返し、周りにいたメキシコ人も一緒に探してくれた。30分程探しただろうか。あきらめかけた時、1人のメキシコ人が見つけて持ってきてくれた。よかった〜。妻は特にほっとしていた。指輪が気になって、遺跡どころではなかったらしい。見つけてくれたメキシコ人にチップをはずんでいた

 ホテルまで戻ると、妻は部屋で休憩。私は海とプールでのんびり過ごした。



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