ブハラ flag

2004/8/2(月) ブハラ

 宿の充実した朝食をとった後、散策へ。昨日少し歩いたので、土地勘はある程度ついていた。ここブハラも旧市街が世界遺産に登録されており、見所はたくさんあるが、ほぼ全てが歩いて観光できる。印象に残ったものをいくつか紹介したいと思います。

カラーン・モスク

 美しいと思ったのがカラーン・モスク(写真)青く美しい幾何学模様に飾られた大きなモスクを、真っ青な空をバックに眺めるのは最高だ。日陰を見つけ、しばらく感動に浸っていた。周囲にはブハラのシンボルとも言うべきカラーン・ミナレットや、ミル・アラブ・メドレセ(神学校)もあり、ブハラに来た旅人は必ず訪れる場所だろう。昨日もここまで歩き、カラーン・モスクにいる兄ちゃんや子供とはすでに顔なじみになっていた。私につけられたアダナは"Mr. Change"。サンダルやらTシャツやらの交換を持ちかけられ、断っていたら、いつの間にやらこう呼ばれるようになってしまった。夕方、再度ここを訪れ、カラーン・ミナレットに登ったが、上から見る景色も美しい

 景色と言えばアルク城にも行ったが、ここは好きになれなかった。景色自体もイマイチだし、ビューポイントに行こうとすると金を要求してくるウズベク人がいた。払う気がせず、無視して勝手に行ったが、警官を連れて来られてギブアップ。帰り際、このウズベク人と警官が2人でコーラを飲んでいるのを見かけた。この旅で唯一嫌な思いをした事件だ。

イスマイール・サマニ廟

 イスマイール・サマニ廟(写真)は、旧市街から少し離れているが、個人的にとても気に入った建築物だ。訪れる価値大だと思う。美しい色で彩られている訳ではなく、日干し煉瓦を積み上げただけの小さな霊廟だが、積み上げる角度を変えることによって様々な模様が表現されており、これが実に見事。これまでに見たどのイスラム建築とも異なる作りで、とても面白かった。中央アジアに現存する最古のイスラム建築だという。

 昼食はラビハウズという池の周りの茶店で。木陰になっていて、地元の人の憩いの場になっている。側にはナディール・ディバンベギ・メドレセという神学校があり、偶像崇拝を否定するイスラムの教義に背き、正面入口の太陽の絵の中心に"顔"が描かれている。イスラム教国でこういった表現を見たのは初めてだ。

ラビハウズにて

 この日何より印象に残ったのがウズベク人との会話。イスマイール・サマニ廟からの帰り道に出会った薬学部のお姉さんは、日本語の勉強をしたいからと、私の食事が終わるのを待ってくれた。私もウズベキスタンのことをいろいろ教えてもらった。ウズベキスタンではモスクにお祈りに行くのも稀らしい。
 このお姉さんと別れた後は、誕生日パーティをやっていた3人のウズベク人の仲間に入れてもらい、ウォッカのようなお酒をご馳走になった。コップ半分くらいを一気に飲み干した後、ソフトドリンクを飲んで薄めるのが、ウズベク流。何度か繰り返すうちに、すっかり気持ちよくなってしまい、夕方になるまで皆で飲んだくれていた。「ウズベキスタンまで来て…」という気もするが、すごく楽しかった

2004/8/3(火) ブハラ→サマルカンド

 1日移動日となる。快適だった宿をチェックアウトし、タクシーを拾ってSharq(East)バスステーションへ。いきなり長距離タクシーやミニバスの運ちゃんに囲まれ、交渉が始まる。イマイチと思っていたら、フランス人旅行者が声をかけてきて、普通のバスに誘ってくれた。サマルカンドまでわずか3USドル。暑いと評判のバスだが、乗ってみることにした。このフランス人旅行者、かなり高齢に見えるが、2人でバスを乗り継ぎながら個人旅行をしているという。かっこいいオジさん達だった。

 9時半にバスに乗り込んだが、満員になるまでひらすら待ち、走り始めたのは11時過ぎ。ヒヴァ〜ブハラ間と違い、緑がたくさん見えたし、日差しがないため我慢できない程の暑さでもなく、結構快適なドライブだったと思う。途中1度の休憩をはさみ、サマルカンド着午後3時半。タシケントへ向かうというフランス人旅行者に別れの挨拶を交わし、バスを降りた。

 タクシーを拾ってレジスタン広場まで行き、宿探し。何軒か見たが、Timur the GreatというB&Bにチェックイン。とてもフレンドリーな家族が経営していて、居心地の良い宿だ。サマルカンド滞在中いろいろお世話になることになる。



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