ホームイエメンシャハラ

シャハラ flag

2003/9/18(木) サナア→アルカバイ→シャハラ

 6時半起床。宿の側まで迎えにきてくれたランクルに乗り込んだ。メンバーはドライバー(名をアリという)、護衛のイエメン人2人、日本人旅行者のYさん、そして私の計5人。検問を無事通過し、郊外の小さな町を少し歩いた後、山の麓の小さな村(アルカバイ)へ。アリはここで暮らしているらしく、子供達との再会をとても喜んでいた。お茶をご馳走になった後、アリと別れ、護衛の運転するピックアップトラックの荷台に上がり、細い山道をゆっくりとひたすら登ること約1時間半、ようやくシャハラに到着した。

山間にかけられた橋
シャハラの景観

 トラックに揺られている時から感じたのだが、「天空の城ラピュタ」の世界というか、まるで南米ペルーのマチュピチュへ来たみたいな感覚だ。石造りの建造物段々畑がそう感じさせるのかもしれない。シャハラは標高3,000mを超える山の頂上に築かれた小さな町で、現在も”生きて”おり、遺跡ではない。又、ここに住む民族は勇敢と言われる。アラビア半島がオスマントルコの支配下にあった時代、シャハラに住む山岳民族は抵抗を続けたため、当時のトルコの地図にもシャハラ周辺の山岳地域は独立地域として表現されていたらしい。
 少し休憩した後、散策へ。何人か子供達がついてきて、レモンのいい香りのする草をくれた。有名な石造りの橋(写真)を見たり、山に張り付いた建物や段々畑を眺めたり…。霧に浮かび上がる姿(写真)が文句なく美しい。写真を撮りまくってしまった。宿で美味しい夕食をとった後、早目に就寝。

2003/9/19(金) シャハラ→アルカバイ→サナア

貯水池

 朝日を見るつもりだったが、少し寝坊。それでも朝の静かなシャハラの町は、散歩していてとても気持ちよかった。貯水池(写真)まで水を汲みに来た女性とたくさん出会った。
 宿で朝食をとった後、途中まで山を歩いて降りることに決めた。途中、ガイドがお金を要求してくる。宿の子供だが、どうもお金にうるさく、昨夜も宿でもめた。断ると「2人で行け」とのこと。うんざりしていたYさんと私は「あ〜行くさ!!!」と先を歩く。段々畑を下っていくのが、ちょっとしたハイキング気分で気持ちいい。1時間程歩いてピックアップトラックと合流、サナアから持ってきたメロンを皆で食べた(甘くて美味しかった)。ガイドはどうやらあきらめたらしく、最後まで黙って道案内をしてくれました。

アルカバイにて

 ここからトラックの荷台で約1時間程揺られ、アルカバイまで。荷台は気持ちいいが、ひどい悪路のため疲れる。しかし、このアルカバイでの時間は最高に楽しい一時になった。アリやその仲間達と一緒にチャイを飲んだり、写真を撮ったり。途中、雰囲気のあるおじいちゃんが輪に入ってきたと思ったら、意外にオチャメなおじいちゃん(写真)で、ジャンビーアを抜いて仲間を襲う真似をして楽しませてくれた。ジャンビーアとはイエメン人が腹に巻いている短剣で、一人前の戦士であることの証であり、持ち主の誇りの象徴だという。昔の日本の武士が持つ日本刀のようなものなのかもしれない。ジャンビーアを抜くことは真剣勝負を意味するはずだが、このおじいちゃんは日本人2人を笑わせようと頑張ってくれた。イエメン人にぐっと近づけた気がした。

 サナアまではランクルでの快適なドライブ。護衛の2人もいい人達だったし、素晴らしいシャハラツアーだった。宿の前まで車をつけてくれて、最後は握手してお別れ。Yさんとも別れ、部屋で少しくつろいでからサナアの街へ。例によってマフラージで本を読んだり、活気のあるスークを散策したり。果物屋のオヤジにはどうやら顔を覚えられたようだ。もう満足



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